遺影は家族が、故人の生前の面影を想い起こしたり、お孫さん、ひい孫さんたちに語り継ぐための大切なお写真です。 いざという時、家族があわてないためにも、是非生前に、これが私のベストショット、という一枚を撮っておかれませんか。

2012年3月19日月曜日

震災から1年

富山では各地でさまざまな震災復興イベントが催されていました。

午前中は、とやま健康生きがいセンターにて「愛のバトン2/東日本大震災復興支援チャリティー文化祭」 http://www.kenkoikigai.com/ainobaton2/
午後からは、【田園コンサートin立山&福興カフェinとやま】 3.11 いのちを歌うチャリティーコンサート http://yaplog.jp/rainbowtoyama/ に参加してきました。
富山にいても、何かせずにはいられない!と立ち上がった人々によるイベントです。

どちらも多くの人でにぎわっていて、大成功だったみたいです!良かったです!

この一年多くの人が悲しみ、苦しみ、まだなお多くの問題を抱えておりますが、日本は今までになくこれから団結して復興していく力がみなぎっている気がしました。

いのちを歌うチャリティーコンサートにて
集合写真を撮影しました! 



2012年2月27日月曜日

花束を父へ

ちょっと照れくさいことですが、
私から父へ、日頃の感謝を込めて花束を贈りました。
富山テレビが、その模様を5分間ニュースで放映しました。
よかったら、クリックして観てください。


感謝の気持ちを形にするって大切なことかもしれません。







2012年2月4日土曜日

バンコク 「サヨナライツカ」の舞台

北陸は大雪に見舞われて、今も前が見えなくなるくらい降り続いております。
そんな大寒波から脱出すべく、来週末は初のバンコクの旅に行って参ります。

お寺、遺跡巡り、タイ古式マッサージ、食に、ショッピングにとリサーチをしていますが、
バンコクといえば、小説「サヨナライツカ」、後に映画化されて
舞台となったマンダリンオリエンタルホテルバンコクです。
http://www.cinematoday.jp/movie/T0008033
宿泊は出来ませんが、せめてアフターヌーンティーをして、
映画の刹那的な世界にしばらく浸りたいなと思っています。

2012年1月1日日曜日

2012年になりました!

昨年は多くの出会いと発見があり、超特急な一年になりました。
今年も、皆様とのご縁を大切にその時その一瞬を大切にしていく一年にしていきたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします!






昨年12月24日高知県室戸岬の初日の出にて、朝日の前で深く考え込む不比斗さん

2011年12月19日月曜日

北陸中日新聞に取り上げていただきました!

12月18日付けの北陸中日新聞に、私たちの素顔の生前遺影づくりの記事が掲載されました。

2011年12月9日金曜日

エンディングノート

昨日は、久しぶりの取材を受けました。
中日新聞さんからの依頼で、また生前遺影撮影についてお話させていただきました。
12月18日掲載予定です。

話題に上がったのが、この映画「エンディングノート」
最初は全国でも10か所でのミニシアターでの上映だったのが、どんどん広がり今は100か所での上映になっているようです。エンディングといいながら、明るいタッチのドキュメンタリー映画。

ぜひ見てみたいです。 

2011年10月31日月曜日

0泊3日の出会いに感謝!!

今週末は、宮城県南三陸町に行って来ました。

今回は、初めて震災後に東北にいく機会があり、実際に被災した現場をみること、そして仮設住宅やそこに住む人々とコミュニケーションをとることなどでとても印象に残った旅になりました。

ただ、一番勉強をさせていただいたのは、私たちが参加したこのアジア子供の夢の団体が震災直後から今まで15回にわたって、ニーズのある場所を変えながら継続的に支援していること、姿勢などを目の当たりにしたことです。

0泊3日という苛酷スケジュールのなか、私たちを運ぶバスを運転していた運転手さん、救援物資を運ぶ4トントラックをずっと運転し続けた運転手さん、毎回ボランティアに参加しておられててきぱきと物事を進めて行くスタッフの皆様、そしてすべてを取りまとめて、これからも2年間にわたって支援し続けると宣言されていたアジア子供の夢代表の川渕さんには本当に感動しました。富山にこんな団体があったこと、素晴らしい人々との出会いに感謝する週末になりました。



バスの中からどんどん物資が下ろされていきます。
書ききれませんが、見た状況説明すると、南三陸町は海のそばで少し小高い場所に仮設住宅がならんでいて、沢山の人が住んでおられましたが、ほとんどが高齢者でした。その小高いところから、ほんの少し下がるともうなんにもなくなっているといった状況でした。
ここの住人は、もともと南三陸の人ではなく、近場の仮設がみつからないためいろいろなところから集まってきているとお伺いしました。

私たちは、焼きそば作ったり、富山で集めてきた物資を一つ50円で売ったり、その時になるべくコミュニケーションをとりながら、次来るときに何が必要なのかということを聞いたりしました。










ニュースには、救援物資が届きすぎて困っているなどとありますが、あるところにはあって、ないところにはないといった状況がよくわかりました。このような周りになにもないところでは、買い物もままにならないとのことで、やはり食料と調理器具が一番必要とされていることが分かりました。

最後はおばあちゃんたちが見送りに来てくれました
私たち夫婦での参加で、3月から大分時間がたったとのことで今更いってもどうなのか?という思いもよぎりましたが、今回行くチャンスに恵まれて本当に良かったです。有難うございました!!!

アジア子供の夢HP:http://ngoaky.exblog.jp/